高知県 シベリア抑留死没者慰霊碑
高知県 平成12年11月11日建立
◇ 碑 文 ◇
・像右側の石碑
ソ連スターリンは全面的降伏した我が日本軍を、戦争中の捕虜として流刑の地シベリアに強制連行して酷使し飢えと寒さに耐えられず、八万人の将兵が惨たらしく死んで逝きました。
これは国際法・人道上赦されぬ行為であります。
この像は疲労困憊した兵が風の猛威にたまりかね、伐採山で裸になり痩せ衰えた我が身体を見て落胆しながらも「俺は生きて帰り、この凍土の下に無念に眠る数多くの同胞の霊を浮かばせてやらねばならない。」と故国の空に叫ぶ姿を描いた銅像です。
世界のそれぞれの国がその人権を守り、永久の平和と戦友の冥福を祈るため、慰霊の像を建立するものです。
平成十一年十月二十日之建
彫 刻 隅田たてよ
高知県シベリア強制抑留者慰霊銅像建立委員会
会 長 山本明司 監 事 松岡数躬 委 員 八木清郎
副会長 東條平八郎 委 員 大山忠夫 委 員 拍井久爾夫
副会長 東山 林 委 員 北岡益貴 委 員 永野伝一郎
会 計 篠原精一郎 委 員 高橋友孝 委 員 竹内正憲
監 事 浜田末治 委 員 安岡精治
◇ 慰霊碑について ◇
・慰霊碑除幕式にあたり、愛媛県支部長(当時)山本繁夫氏の追悼のことば有
(日付:平成12年11月11日)。
・慰霊碑建立事業は、高知県連会長・山本明司氏が主導となって進められていたが、
平成11年12月26日に山本明司氏が死去し、一時中断となった。
その後全国強制抑留者協会会長(当時)相沢英之氏より、高知県連事務局長である東條平八郎氏に対して早期完成の要請があり、山本氏の「喪あけ」を待って遺族や像製作者と相談しながら中央本部の指示を得て、事業の推進に取り組むという内容の事務連絡書あり
(平成12年1月18日)。
今は亡き山本明司会長の長年にわたる慰霊碑建立の固い遺志を引き継いで、完成を目指すとのこと。
・2016年(平成28年)時点では、東津野中学校の生徒による慰霊碑清掃が行われていた。
(現在は不明)。
・それとは別に現在は町内の婦人会が年一回、付近の清掃を行っているとのこと。
調査
2026年2月28日
全国強制抑留者協会 愛媛県支部 渡邉裕人
全国強制抑留者協会 愛媛県支部 渡邉裕人
慰霊碑建立場所


