語り部の方々の動画一覧
或る日、杏理さんはスマートフォンで音楽を聴いていたところ、とても素敵な曲が流れてきました。その曲は・・・
雑穀でできた黒パン、砂糖大さじ一杯、タバコひとつまみ、夜は雑穀のお粥、具が入っていない塩汁のスープは自分の目玉が写っている、常に腹はスカスカ、仲間とは食べ物の話ばかりだった。
ここで死んでたまるか!
生きて!生きて!一緒に国へ帰ろう!
仲間全員で生きて祖国に帰ろう!を目標に頑張った
昭和20年8月9日、突如攻め込んできたソ連。
当時小学3年生だった寛少年。母と2人の弟と、過酷な引揚げが始まった。
「シベリア抑留の労苦を語る」~大釋敏夫 極寒の地で粗末な食べ物と過酷な労働で仲間が亡くなっていく…
「語り継がねばならぬ 人生に刻まれたシベリア抑留の記憶」~山田秀三
慰霊碑には抑留で亡くなった人たちのお名前を彫り、シベリアに向けて建立した。
最初の作業は金山の坑内掘り。
一番下の8層で、発破をかけるための穴をあける作業をやらされた。


