長野県 シベリア抑留死没者慰霊碑
長野県 平成10年9月27日建立
◇ 碑 文 ◇
悲惨な太平洋戦争は 我が国の「ポツダム宣言」受諾により 昭和二十年八月十五日をもって終結したが 日ソ連のみはその宣言を実行せず 六十万人の在満日本人を酷寒のシベリアやモンゴルの各地へ強制連行して長期間に及ぶ苛酷な重労働を課した
その結果 飢えと寒さの生き地獄の中 本県出身者二千余名が遂に祖国の土を踏むことなく無念の死を遂げた
特に本県は 戦前戦中 満蒙開拓青少年義勇軍や一般開拓団の送出に力を注ぎその数全国一ともいわれており犠牲者の数も近県に比して群を抜いている
その結果 飢えと寒さの生き地獄の中 本県出身者二千余名が遂に祖国の土を踏むことなく無念の死を遂げた
特に本県は 戦前戦中 満蒙開拓青少年義勇軍や一般開拓団の送出に力を注ぎその数全国一ともいわれており犠牲者の数も近県に比して群を抜いている
誠に痛恨の極みである
辛苦に耐えて生還し得た私たちは 苦節五十有余年この事実を正しく後世に伝えるべく 抑留中に死亡した人たちの冥福と恒久の平和を祈念してこの碑を建立する
一九九八年九月二十七日
財団法人 全国強制抑留者協会
長野県支部 慰霊碑建立委員会
辛苦に耐えて生還し得た私たちは 苦節五十有余年この事実を正しく後世に伝えるべく 抑留中に死亡した人たちの冥福と恒久の平和を祈念してこの碑を建立する
一九九八年九月二十七日
財団法人 全国強制抑留者協会
長野県支部 慰霊碑建立委員会
◇ 慰霊碑建立場所 ◇


