福島県 シベリア抑留死没者慰霊碑
福島県 平成5年8月31日建立
◇ 碑 文 ◇
第二次世界大戦終結にあたり、ソビエト社会主義共和国は日ソ中立条約を無視し、一方的にわが軍を攻撃し、満州、北朝鮮、北方領土などの日本軍将兵、軍属の他に民間人を含む六十数万人を、ポツダム宣言第九条に違反してシベリアをはじめソ連各地に強制連行した。
これら抑留者は千二百余箇所に及ぶ、非衛生的な仮設木造の宿舎を収容所に充てられ、ソ連兵監視のもと、鉄道建設、土木建築、採鉱採炭、森林伐採等危険作業に、その上冬季は零下四十数度を超える酷寒に苛まれながら連日屋外作業の重労働を課せられ、加えて給養も極めて劣悪なため、過労と睡眠不足、栄養失調、或いは発疹チブス等の集団罹病により望郷の願いも空しく、六万余名の同胞が尊い犠牲となった。
このような状況下、県民二万余名も抑留され、苛酷なノルマに堪えず約二千名が還らぬ人となり、凍土にとわの眠りについている。
茲にシベリアよりの帰還者が中心となり、遺族に諮り平和祈念事業の趣旨に沿い、亡き同胞の昔日を偲び、慰霊と鎮魂を祈り、再び戦争の惨禍を繰り返すことなく、永遠の平和を祈念して、ここ会津若松の地に慰霊碑を建立する。
一九九三年八月三十一日
財団法人全国強制抑留者協会
福島県慰霊碑建立委員会
財団法人全国強制抑留者協会
福島県慰霊碑建立委員会
◇ 慰霊碑建立委員会 ◇
◇ 慰霊碑建立場所 ◇




