令和8年度 地方慰霊祭開催のご報告
令和8年4月9日開催 長野県支部慰霊祭のご報告
さる4月9日、桜が満開の伊那市春日公園のシベリア抑留者慰霊の碑の前にて、今年度の全国のトップを切って、シベリア強制抑留者関係長野県支部慰霊祭を行いました。
当日は春日州一支部長の式辞、全抑協会長、地元国会議員、伊那市長の追悼の言葉を賜り、遺族並びに関係者、シベリア抑留に心を寄せる皆様など、20人余名が参列してしめやかに行われました。
参列者の献花のあと、抑留時代の辛い状況を歌った「異国の丘」を一同で口ずさみ、また反戦の思いを込めた詩の朗読も行い、二度とあの悲惨な惨劇を繰り返さないよう思いを新たにしました。
なお当会の会長を長くつとめられ、自らも4年近くシベリア抑留を体験された長田伊三男さんが、今慰霊祭後102歳で亡くなられました。
ご冥福をお祈りいたします。
伊那谷ネット
信濃毎日新聞
◇ 碑 文 ◇
悲惨な太平洋戦争は 我が国の「ポツダム宣言」受諾により 昭和二十年八月十五日をもって終結したが 日ソ連のみはその宣言を実行せず 六十万人の在満日本人を酷寒のシベリアやモンゴルの各地へ強制連行して長期間に及ぶ苛酷な重労働を課した
その結果 飢えと寒さの生き地獄の中 本県出身者二千余名が遂に祖国の土を踏むことなく無念の死を遂げた
特に本県は 戦前戦中 満蒙開拓青少年義勇軍や一般開拓団の送出に力を注ぎその数全国一ともいわれており犠牲者の数も近県に比して群を抜いている
その結果 飢えと寒さの生き地獄の中 本県出身者二千余名が遂に祖国の土を踏むことなく無念の死を遂げた
特に本県は 戦前戦中 満蒙開拓青少年義勇軍や一般開拓団の送出に力を注ぎその数全国一ともいわれており犠牲者の数も近県に比して群を抜いている
誠に痛恨の極みである
辛苦に耐えて生還し得た私たちは 苦節五十有余年この事実を正しく後世に伝えるべく 抑留中に死亡した人たちの冥福と恒久の平和を祈念してこの碑を建立する
一九九八年九月二十七日
財団法人 全国強制抑留者協会
長野県支部 慰霊碑建立委員会
辛苦に耐えて生還し得た私たちは 苦節五十有余年この事実を正しく後世に伝えるべく 抑留中に死亡した人たちの冥福と恒久の平和を祈念してこの碑を建立する
一九九八年九月二十七日
財団法人 全国強制抑留者協会
長野県支部 慰霊碑建立委員会


