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語り継ぐ集い

令和7年 各県支部 語り継ぐ集い開催のご報告

令和7年9月20日 石川県支部 語り継ぐ集い開催のご報告

シベリア抑留を語り継ぐ集い
令和7年9月20日(土)、金沢市文化ホールにて、「シベリア抑留を語り継ぐ集い」を開催致しました。
今年は小松市在住の越村保氏(98歳)と、同じく小松市の大杉忠夫氏(75歳)、一般財団法人全国強制抑留者協会の専務理事吉田一則氏より、話しをして頂きました。
戦後80年の節目の年で、報道各社のご尽力を得たこともあり、大勢の方が来場され、戦後に起きたシベリア抑留の非道な史実に耳を傾けていました。
越村 保氏・・・シベリア抑留 私の場合
トーキョー・カエル・カエルと貨車に乗せられ、特に過酷な場所と言われるタイシェットに連行され、バム鉄道敷設のための山の切崩しや伐採作業を強いられた。
過酷な労働とわずかな食糧しか与えられず、最初の冬に慣れない酷寒の中、大勢の人が亡くなった。死体運搬の仕事をやらされた。最初は一人ひとり丁寧に埋葬したが、亡くなる人が多く追いつかなくなり、大きい穴を掘って入れた。
去年の12月、新聞で「抑留体験を語れる人求む」をみて、今しかないと思い電話した。
残しておかんといけないと思ってね。経験した者がだんだん亡くなっている。大勢の人に知ってもらいたい。若い方に伝えたい。
今日本は戦争しないで平和に暮らしているが、世界は黄なぐさい。戦争は人殺しだ。あってはいけないことだ。得することは何も無い。話し合いで解決できないかと思う。平和という事は一番大事なことだと思う。
と結ばれました。

戦後80年記念で報道各社に展示会と語り継ぐ集いを合わせた特集を組んで頂きました。
下記URLから見られます。(展示会コーナーと同じURLです)

テレビ金沢

HAB北陸朝日放送

吉田一則氏・・・シベリア強制抑留とは何だったのか
政府の発表による数字は、
シベリアに連行された人数、575,000人、
帰還された方、473,000人、
亡くなられた方、55,000人、
不明者数字が47,000人・・・この数字は北朝鮮に送られた数字ということで扱いは終わっている。我々はこれを逆送と言っている。この人たちは手や足が凍傷で切断されたり、材木に挟まって切断された人など。その中で元気になってシベリアに送り返された人もいたというが、北朝鮮で亡くなった人も相当いたという。
数字で、正しいのは、帰還された人数473,000人で、後は不確実な数字だと思われ、現在もはっきりしていない。人数的な面で非常にあいまいなことをしている。
また、55,000人の人が、どういう病名、どういう怪我、どういう状況で、何故亡くなったのか。80年経ったのでそんな事もういいのではと言う方もいるかも知れないが、私としては一人一人納得のいく内容を知りたいので、現在も政府の方に引き続き調査をお願いしている。

独ソ戦をやった影響でソ連は多くの労働者を失った。人手が足りない。シベリア強制抑留というのは、その穴埋めの為だという事は明らかだ。終戦後の8/23にスターリン指令が出たが、終戦前の7月頃には日本人を何処に何人連れて来いという詳細な計画は既に決まっていた。が、何人連れて来たという資料がない。わからないことだらけなのだ。
どういう生活をしていたか。囚人や奴隷の様に扱われ、我々が思っている以上に厳しいものだったのではないかと思われる。先ほどの越村さんの話を聴きながら、我々はその方々に向き合っていくには、単に「大変だった」という事だけでなく、どうやっていったら良いのかを考えながら活動していかなければと思っている。
大杉忠夫氏・・・もう一つのシベリア抑留
大杉忠夫の伯父越栄弘は、長兄、次男(越栄弘)、長女(大杉忠夫の母)、三男(戦死)の4人兄弟で、忠夫の母の幼なじみと世帯を持ち満州へ警察官として赴任、3人の子供がいた。
伯父弘は8月9日のソ連参戦で突然戦場へ出てそのまま行方不明となる。残された母子は命からがらの逃避行で、3人の子供を次々と亡くし、母一人日本へ辿り着いた。
一方、戦場へいっていた長兄は無事に復員したが、戦後すぐに妻が2人の子供を残して病死した。
父親は行方知れずの次男弘は既に亡くなったものと判断し、長男と弘の嫁を結婚させ子供ができた。ここまでは世間ではよくある話だが、数年後、亡くなったと思っていた次男弘からシベリアに居ると手紙が来た。何が原因で長引いていたのかはわからないが、元警察官だったことも要因ではと思われる。
さあ大変。その後、手紙のやり取りはしたものの、長男と次男の嫁が一緒になった事は言えなかったという。帰国が決まったと分かった時、父親が長い手紙を送り、初めて事の顛末を知らせた。
戦後11年、弘は最後の帰還船興安丸で帰国した。
その後、兄弟・親子・親戚間に起きた確執・軋轢は長く続いた。ようやく平和が訪れたのは関係者全員が亡くなった20年くらい前という。
60年間戦争に振り回され続けた母の家族・兄弟たちの話は語り継ぐべき価値はあると思う。
と、大杉氏は言う。
一般財団法人全国強制抑留者協会
〒102-0073
東京都千代田区九段北1-8-2 九段第二勧業ビル2F
TEL.03-3261-6565
FAX.03-3261-6548
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