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財団について

『(一財)全抑協』について

『(一財)全抑協』会長からのごあいさつ

一般財団法人全国強制抑留者協会(以下『(一財)全抑協』という)は内閣総理大臣より設立を許可された唯一の団体であって、平成元年3月1日に設立された。この協会は「戦後処理問題に関する政府施策に協力するとともに、戦後全国に抑留された者の体験を将来への教訓として、後世へ伝達すること等により、戦後強制抑留者並びに国民の福祉の向上に寄与し、我が国の永遠の平和と繁栄を期することを目的とする。」(第3条)
ソ連政府が昭和20年8月9日、日ソ中立条約を一方的に破棄し、満州、北朝鮮、樺太および千島に侵入するのみならず、8月15日終戦後、ポツダム宣言に反し、これらの地域の軍人、軍属や一般民間人までもシベリア奥深く運び、極めて劣悪な条件の下、強制労働に駆り立て、一割もの死者を生じさせたことに対する謝罪とともに、抑留者の賃金に対する適切な補償を要求してきた。さらに同時に、日本政府に対しての何らかの慰藉を行うべきことを要求してきた。
ソ連抑留者の団体としては、別に山形県等一部の地域の代表者をもって組織されていた「全国抑留者補償協議会」があったが、「全国抑留者補償協議会」は、平成23年5月に解散した。
昭和55年2月、自民党議員二百数十名からなる「戦後強制抑留者の処遇改善に関する議員連盟」が結成され、国会内において活発な運動を展開してきた。
『(一財)全抑協』は、この議員連盟と密接な連携をとりつつ、抑留者の処遇改善に関し継続的に政府に働きかけ、慰労金の支給、戦後抑留関係の資料の収集、出版物の刊行及び講演会の開催、強制抑留者に関する調査及び相談事業、全国各地における慰霊祭の挙行、語り継ぐ集いの開催、慰霊碑の建立等の諸事業を国内で展開するとともに、団体の代表者会長以下が二十数次にわたりソビエト連邦(ソ連邦解体後はロシア連邦)へ出向き、諸機関(内務省、外務省、軍事省、国立中央軍事公文書館等)と折衝し、平成3年ゴルバチョフ大統領来日時に締結された日ソ間の協定に基づく名簿の提出、墓地の維持管理、遺留物の引渡などに関し折衝を継続、成果を挙げる他、旧ソ連邦内の主たる抑留地において慰霊碑の建立を進め、また、日ソ(日露)シンポジウムを定期的に開催し、日ロ間の交流を促進、両国の相互理解を深めてきた。
『(一財)全抑協』は当初にかかげた、ソ連強制抑留に関する抑留者への公式の謝罪および強制労働に対する賃金の補償等を引き続き強力に要請すると共に、『事業案内』に掲げるような事業の実施を続けている。

平成24年8月1日 
一般財団法人 全国強制抑留者協会 会長 相沢 英之
相沢英之氏抑留体験を語る(1)
相沢英之氏抑留体験を語る(2)

前事務局長 饗庭秀男が語る『全抑協』とシベリア抑留

饗庭秀男氏
1923 年生まれ。製鉄メーカーに勤務。昭和 19 年に現役入隊。戦後 1945 年 8 月から1949 年 7 月までソ連に抑留。帰国後同製鉄メーカーに再就職。
その後、全国強制抑留者協会理事及び、全国強制抑留者協会事務局長として、機関誌の発行、慰霊訪問、中央慰霊祭、地方慰霊祭、展示会、補償を目的とした日露 シンポジウムの開催、抑留者からの相談事業、語り継ぐ労苦の会の開催などに当たる。

インタビュー実施: 2010(平成22) 年 8月 26日
場所: 東京九段 全国抑留者協会
構成/和文英訳/聞き手: 榊原晴子
東京都出身。 カリフォルニア大学東アジア言語文化学科日本語専任講師
2015(平成27)年に「日本人のシベリア抑留」について日英両語のウエブサイトを出版。

YouTube 饗庭秀男氏シベリア抑留経験を語る その1・その2の内容
その1 事務局長として抑留者の為の仕事について
その2 自身のシベリア抑留について
饗庭秀男氏シベリア抑留経験を語る その1
饗庭秀男氏シベリア抑留経験を語る その2
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